ネタメモ:さざんかの社(仮) 書き出し
「神隠し?」
青年は訝しんで返事をした。泊まれる場所を探しながら歩みを進める青年の視線の先に手に持った電話がある。スピーカーはオンになっていて、そこから響いているのは担当教官の声だった。定期連絡の義務があるため連絡をとって居場所を伝えたのだが、そこで妙な伝言を預かった。
神隠しに気をつけろ、である。
「十年くらい前かな、といってもうちの大学じゃなくて、カントーだかジョウトからだったらしいが、そのあたりで学生が一人行方不明になってる。お前は男だし、昔の話だから状況は変わってるだろうが、気をつけるには越したことはないだろう」
スピーカー越しにオリベはそう言った。詳細はさらっと省かれたのだが、教授が青年の性別を強調したからには女だったのだろう。
「気をつけろと言いいましてもね……」
神隠しに対して、何をどう気を付けるのだろう、と青年は思った。まぁ、こういうものの正体というのは大概の場合、物理的な誘拐、あるいは自身の遭難であるわけだから、そういう対策になってくるのだろうが……。
少なくとも後者はないな、と青年は思った。ここは冬の田園風景が続く開けた土地であるから、それはない。あるとすれば前者だろう。だが青年は腕っぷしには自信があった。もちろん彼が強いという訳ではない。が、ボディーガードの数には自信があったのである。沈みかけた夕日に長く伸ばされた青年の影は一瞬だけざわざわと輪郭を震わせたように見えた。
「まぁ、わかりました。それではまた」
そっけなく返事をしてボタンを押すと電話を切った。そしてふうっと白く息を吐いた。温帯の国の南に位置するとはいえ、冬の、それも日の落ちていく時間帯は寒いものだ。
むしろ問題は宿泊先である。ポケモントレーナーたくさんが通るような場所ではないこの付近において、ポケモンセンターのような福利厚生施設はそうそう建ってはいない。
今夜も野宿になる、と青年は思った。屋根くらいは確保できるだろうが。リュックからタブレットを取り出して現在位置の確認をする。薄闇に煌々と光るタブレットは一キロほど先に神社がある事を示していた。