017のネタ帳

ポケモン二次創作ネタとかが多いです。

創作における制約の有効性と、ルールとしての規制

文章の掃出し欲が高まったのでまとめておく。

楠本まき先生のハフィントンポスト記事が話題の様だ。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5cab1d5be4b047edf95d101e?ncid

これに対する私の立場は以下の2点である。

ジェンダーバイアスに関するガイドラインを作る→反対
●先生の語る創作の方法論→有用

 


ジェンダーバイアスに関するガイドライン私見

なんで、自分がかつてタバコ描写で規制されたにも関わらず、そういうルールを設けようとするんだろうか。訳が分からない。

そして、ジェンダーガイドラインの件を無視すれば、むしろ「創作論としては結構大事なこと言ってる」と感じるだけに、ガイドラインの件が強烈過ぎて、打ち消されちゃってる点は大変残念な事である。

・登場キャラクターがその格好をしてる根拠は何?
・どう考えてその表現を選んだの?
・特に何も考えないで「なんとなく」そう表現していない? それって表現として真摯なの?

というね。これを追求するのは結構大事だと私は思うよ。

先生の創作姿勢であるとか、美学とかはぜひ後続の少女漫画家には学んでいただきたいと思う。ジェンダーバイアスガイドラインだけはまったく賛成できないけどね。

そもそも、なぜ編集が十分に考えてないと不満を持っているのに、ガイドライン導入されたらみんなもっとちゃんと考えて真摯になると思っているのか。楽観的に過ぎると思う。

先生も不満に思ってらっしゃる編集の技量が十分でないという現状。その環境で「ジェンダーバイアスに関するガイドライン」なんか採用したら、どうなるか想像してみて欲しい。タバコ描写の時のように機械的に「女の子がこれこれするのはジェンダーバイアスだから、出しちゃダメ」って言われるに決まってるじゃないですか。もちろん先生はこう反論なさる、「たとえばあえて対比のためにステレオタイプ的女性像を出したのだとしたらその趣旨を説明しろ」とね。でもタバコ描写で自身が拘る表現の為に戦われ、結果として雑誌上では敗北された(単行本では許された)のが先生でしょう。

それを、先生でさえ無理だったものを戦って勝ち取れって、どんだけ後続の方たちにコストを課すつもりなんだろうか。しかも売れないうちは載せる側のほうが強いわけでね。

そもそも女の子がとる行動かにしたって、時代によって、珍しいか、一般的なんて変わっていくんですよ。今は新たな女性の姿でも十年後にはそれがマジョリティーになってバイアスになっているかもしれないんですよ。

編集がとある表現に対し、それは考察が甘いんじゃないの?とか、どうしてなぜこの描写が必要なのか、もっとこうしたらいいんじゃないかってアドバイスするだけの技量を持つことと、「こういうのはやめておこう」ってガイドラインを設定することって、めちゃくちゃ相性悪くないですかね。

そういうのにこだわったブランドを立ち上げて、方針に賛同した漫画家を集めてやる分にはいいんじゃん? とは思うけどね。それは雑誌の売りになるので。



●創作においての制約の有効性

楠本先生の発想は業界全体に適用するならば全力でボコボコ案件なんだけど、ごく狭い限定範囲内で、期間を決めてやる分にはなかなか有効な方法論でもあったりする。というのも、縛りのない自由な状態だと人は「いつもの」をやってしまうからなんだよね。

なので「いつもの」をあえて禁止することで「ならばこんなのはどうか」というのが見えてくる事はありえる。最善に解釈するならば先生もこのへんが言いたいんじゃないかなと思う。

かつて私が絵や小説のコンテストをやった時、お題を設定したけど、それもその方法論なんだよね。完全に自由だとかえって何していいかわからないってのはよくある事だ。

「自由」は創作の豊かさを担保するのに必要不可欠なものであると同時に、ある程度自分を客観視して、コントロールできる状態になければ、かえって自分の枠内に閉じこもって不自由になるものでもあると思う。

だから創作方法論としては「制限・禁止」ってありなんです。
それを自分に課す分には。
(あるいは特定のテーマがある雑誌単位で)

で、ここが大事なんだけど、自分の枠内に閉じこもる自由だってあるんです。それは言い換えれば作家のスタイルや味という事で、それを制約すべきではないと私は思う。

そして創作論としての制限禁止のノウハウの有用性と、表現規制を混同してはまずい。ポリコレやソ連みたいな制約下でもいい作品は作れる、という風に。そりゃさまざまに回避できる能力を持つ表現強者ならなんとかなるかもしれませんがね。表現は技術的に巧みな強者のみがやることを許されるなんて世界、私は嫌ですよ。誰がどうやって制限を課すのか?というのには要注意。制約を決めるのはなるべく自身であって欲しいよ。

先生の失敗はガイドラインに範囲と期限を設定せず、全体にかけようと言った事。(あるいは言葉が不足していた事)

先生が記事で語った美学に基づいて独自にブランドを作るなら全然推せるんだよね。楠本先生のすべきは、自身がお持ちの創作の方法論を選択肢の一つとして編集や後続に伝えていく事であって、ガイドラインを敷いて他者に課すことではないと思う。

「少女漫画はもっと少女の考え方や生き方を自由にするものであるべき」なら、方法は選びましょうよ。

読むと夢と希望が湧いてくる。
そんな漫画が今後もいっぱい出てくるといいですね。