017のネタ帳

ポケモン二次創作ネタとかが多いです。

次回のコミケ、あなたは行くか、行かないか

詳細を知らない方は各々調べていただきたいのですが、コミケ(C95)で出たらしい「韓国人・中国人お断り」張り紙の件。
現時点で、考えているところを書いておきたいと思います。

まず、本当に張り紙があったのか?という疑問に関しては、あくまで私自身がツイッターで聞いて回った感触から、「おそらくはあったんじゃないか(でも断定はダメ)」という風に思っております。(推定無罪の原則)

少なくとも準備会は推定無罪の原則にのっとって事を進める必要があります。事実と確定するにはスタッフが複数人で確認した上でサークル主に話を聞くくらいじゃないとだめなんじゃないでしょうか。仮に何らかの処分を下すとしても経過を見守る必要があり、早急に何かを決定するのは不可能です。少なくともC95時点では、当該サークルが存在したとしても、何らかの働きかけをすることは難しいと考えます。
そして処分の是非などは別途議論する必要があるように思います。

私はこの件を何人かのツイッターフォロワーとDМなどを通じて話をしました。
「私はやらない。そういうのダサイと思う。けれど頒布対象を選ぶ自由もある思う。(嫌だけど)」といった反応が多かったように思います。

私自身はといえば、自分の頒布してるジャンルでこんな張り紙があったら嫌だなぁ。コミケにも報告すると思う。その上で準備会の回答が今回と同じものだったら、納得しないだろうな…と思いました。

ただ一方で、次のような意見も持っています。
信仰上の理由からケーキ屋がゲイのお祝いのケーキ作りを断るのは(差別には違いないが)店側にもお客を選ぶ自由がある、というものです。
そうなると究極的にはサークルが頒布対象を選ぶ自由を(嫌でも)認めなければ、整合性がとれないのでは…という風に矛盾が発生しており、大変弱っているところです。
(尤も、法律に照らしてそもそもアウトなのではとか、そもそも比較対象としてゲイケーキが適当なのかという議論はあると思いますが)


ですので私自身は、C96申込時に下記のように意見してみようと考えています。

・今回の件は(事実関係の確定はともかく)準備会としても望むところではなかったと考える。
・ただ、C95反省会時の発言は、言葉が足りな過ぎたとも感じており次のように要望したい。
・ホームページ上やコミケットアピールなどで、「コミケットとしてはこの場を特定の属性(国籍、性別等)で区切られることのない開かれた場にしていきたい。各サークルはコミケの理念を省みて、多種多様な表現物を多くの人が享受できるよう今一度考えてみて欲しい」といった感じの「方向性」を示してはどうか。

これに対しては本当にたくさんの意見があると思います。
甘いという声もあるでしょうし、サークル側の責任で行う事に対し、準備会は極力干渉すべきでないという考えもあるように思います。
サークル申込みする皆さんは申込時に各々意見をぶつけたらいい。ツイッターで@を飛ばすよりは、参考にされる可能性が高いように思います。

 


さて、ここからがこの記事の本題です。

今回の件があって(断定はできないがそれに対して反省会で回答があった事で)参加者からは様々なネガティブな反応が見られました。
コミケの往年の参加者の中からも、「対策や声明がなければもうコミケには参加しない」などの声が上がっています。

読んでいて大変心が苦しかった
この人にとっては本当に譲れない一線なんだろうな、という事が伝わってきたからです。
それを読んで、あるいは自分なりに考えて夏の参加を迷っている方もいるのではないだろうかと思います。準備会の出方次第、そう考えている人も多いでしょう。
あるいは準備会回答に批判的でありつつも、それはそれとしてコミケには参加するという方もいると思います。
そして、もしかしたら、そういう自分の態度に若干のうしろめたさを感じている方もあるかもしれないと想像します。

そういった方がもしいるならば、こう伝えたい。

貴方はコミケに参加すべきだ、と。

むしろ、差別に反対なればこそ、積極的にコミケのサークルの1スペースを取りに行くべきだと思います。
それは議会の議席をとりにいくような行為だからです。
当選が叶えば少なくとも、ああいう張り紙をするサークルが出る事を1サークル分は防げるでしょう。そして、ああいう張り紙をしていないサークルの本を買って応援しようではありませんか。

何を当たり前な、現状維持な、と思われるかもしれないですが、そういう当たり前、いつも通りを維持する事こそが現場で差別に反対するという事なのではないだろうかと私は考えます。
残念ながら、差別との戦いに終わりはありません。
差別との戦いは絶え間ない営みの中にあります。

コミケにお客様はいない」という言葉を今こそ思い出しましょう。
お客様ではなく、参加者として場を作っていく。
それがコミケを作るという事です。


こう考えたにはきっかけがあります。
「もう参加しない」「参加したくない」、そんなツイート達をエゴサーチしながら悲しみに暮れて見つめていたら、この休日、こんなツイートを見つけました。

「反ヘイト本を作ってコミケで頒布してみたい(要約)」

殺伐としたタイムラインに一筋の光が指した気がしました。
そっか、抗議する方法って一つじゃないんだな、と。
それぞれの考えなりのやり方があっていいのだと。

そして、(たとえ張り紙の是非の意見が違おうとも)頒布先の可否を属性で決めたりしない多くの人達がいつも通りやる事も大事なんじゃないかな、と思えました。


頒布先を属性で決めない。
いつも通りコミケをやる。
そしていつも通りコミケを楽しむ。
大抵のサークルが当たり前に、自然にやっている事をやり続けましょう。


ここまで読んでくださってありがとうございます。