017のネタ帳

ポケモン二次創作ネタとか。

ネタメモ:エボリューションパニック

その日、神社周辺からはギャーッという悲鳴があちこちから響き渡った。別にグロ画像とかオバケを見ちゃったわけではない。彼らはただ自分のポケモンが目の前で進化したのを目撃したに過ぎない。

なんで進化でそんな悲鳴をあげるかと言えば世の中には諸事情によりポケモン未進化が好ましいと考える人々が存在するからだ。たとえばピジョン好きとか。
ピジョン狂いとか、ピジョン原理主義者とか、ピジョン牧場の経営者なんかがそうであり、カゲボウズを連れた青年なんかもそんな人々の一人だった。

なんたる悲劇。目の前で理想的プロポーションが崩れてしまった鳥ポケモンを見て、彼女は膝をついた。そして数十秒の沈黙の後にこれはピジョット派の陰謀ではないかと考えた。というのもピジョン派とピジョット派は二十年に渡り骨肉の争いを続けており、最近ではSNSの罵倒合戦に発展していたからだ。

「我々は確かに進化のご利益を求めてこの神社にやってきた…。だが、求めているのはポッポからピジョンへの進化、断じてピジョンからピジョットへの進化ではない…!」
メガネの女の言葉にはキチガイとしての実感がこもっていた。同行している男の一人も悲しみに打ちひしがれていた。

いや彼女だってピジョットの魅力は十二分に理解しているのだ。その辺のトレーナーよりはよほど理解している。だが。
過ぎず長過ぎない冠羽、ずんぐりむくっくりした抱きつきたい体型、適度な大きさ、扇のような尾羽…そういった要素を兼ね備えたピジョンの究極のバランスには遠く及ばない。

「うわーん!ゴローちゃんが!ゴローちゃんがキモくなっちゃったよー!」
見れば境内では年端もいかない女の子が大泣きしているではないか。どうやらミズゴロウが虚無の中進化をすっ飛ばしてラグラージに進化してしまったらしかった。幼女に起こった悲劇に彼女は心から同情した。

ポッポがいきなりピジョットになったら泣くわ。ポケモンカードゲームで育て屋さんを用いていきなり二段進化とか邪道にも程がある。
次に彼女らの目の前に現れたのは黒い一軍だった。赤い目の呪いのぬいぐるみ…それが集団になってこっちに走ってくるではないか。その後を一人の青年が追いかけていた。

砂埃を上げて走ってくる黒いぬいぐるみ達、種族名ジュペッタ達はまるでヤマブキマラソンの集団だ。ドドドドなどとそれらしい音を立てながら、ピジョン狂いの女の横を通り越し、鳥居を潜って外へ出て行く。最後尾の個体になんとか追いついた青年は一匹を捕まえたがぬいぐるみは身体を翻し、彼を殴った。

「ぐえっ!」
青年はシリーズ主人公にあるまじき情けない声をあげて、ジュペッタから手を離す。そして石畳に倒れこんだ。
「待って…待ってくれ…」
言葉虚しく鳥居を潜ったジュペッタは町へと散っていった。
「これだから手足のあるゴーストポケモンはダメなんだ!」
彼は悪態をついた。

「やはりジュペッタはダメだ。、自我が強すぎて制御が効かない…前もそうだった。ジュペッタは裏切る。これだからジュペッタは嫌いなんだ…カゲボウズでないとだめなんだ…」
青年はブツブツ呟いた。
「そこのイケメン!進化系について並々ならぬ拘りがあるようだね」
ピジョン狂の女が言った。

「誰ですかアナタ」
「これは失礼、申し遅れたが私は難波十七というものだ。カントー地方ピジョン牧場を経営している」
「単行本ごとにピジョンステマをやらかしてたのはあんたかー!」
青年はメタ発言をした。
「単行本ごとに誰か喰ってる君に言われたくないよ」
女も作者を代弁した。

難波の背後では細身の男がさめざめと泣いており、大柄の男がなだめていた。
「うわぁー!アイリスー!どうしてピジョットにぃぃ!」
アイリスと呼ばれたピジョットは困り顔だ。
「まあまあピジョットだってかわいいじゃない」
でかい男が慰めたが「殺すぞテメエ」と細身の男がドスのきいた声を出した。

「ちなみに後ろの二人はピジョン牧場のスタッフだ。細いほうがシステム担当のリ・スー。私に負けないピジョンキチガイだ。でかいほうはタカヒナ。雑用係でラプラスが好きだ。ラプラスの進化の可能性を求めてこの神社にやってきた」
と、難波は紹介した。
「とりあえず我々はこの悲劇的状況を打開せねば」

「待ってください」
「ん?なんだねタカヒナくん」
「僕のラプラス進化してないんですけどどういうことです」
「諦めろ」
「えっ」
「諦めろ。ちなみにカモネギも諦めろ」
「ひどい」
「とりあえずピジョットピジョンに戻さねば。原因はわかってる神様の暴走が原因だ。神事に失敗したんだ」

「まずは宮司に話を聞こう。イケメンも一緒に来たまえ。私たちは愛すべきピジョンの姿を取り戻したい。君もジュペッタカゲボウズに戻したい。目的は一致するはずだ。そこの幼女も来なさい。ゴローちゃんを元に戻そうね。大丈夫キモクナーイ」
こうして未進化を取り戻す戦いが始まったのだった。

彼らの姿は社務所にあった。進化は祝福なりと書かれた掛け軸を背に上座にイーブイを抱いた青い顔の宮司が座っている。その左右を埋めるように青年、幼女、ピジョン牧場一行が座布団に座る。宮司は震える手で出された茶を一杯飲むと、
「神様が御渡りになる儀式で手順が一個入れ替わって」
と、言った。

宮司が言うにはこの八又神社の進化の神というのはイーブイ依代にしている。依代であるイーブイがいずれかの進化系になると新たな依代たるイーブイをたてて、神様を渡らせる。だが神様がうまく渡れないと災いがある。
「神様は適切な器がなければ力を制御出来ません。結果、進化のバーゲンセールに」

「神様は今どこに」
「たぶん八つに飛散して適当な依代を得て、町内を駆け回っていのではないかと。過去の記録にもそう書かれています」
「つまり過去にも失敗しているんですね!?」
「うちの宮司、代々うっかりミスが多くて。そういう時の為に特別な神具が作られました」
宮司は木箱を取り出した。

ゴクリ。青年は唾を飲み込んだ。まさかの神具の登場に民俗学者のタマゴの血が疼いたのである。宮司が紐を解き、木箱の蓋を開けた。そこには、
銀色の巨大なハリセンが入っていた。
「なんですかこれ」
「進化キャンセルハリセンです」
「進化キャンセルハリセン」
「これで叩くと進化解除します」

「荒ぶる神様を調伏する道具でもあります。町内で暴れる神様をとっ捕まえて頭を叩けば強制的に依代であるこの○代目依代のブイちゃんに御渡りします。とりあえずみなさんのポケモンは叩いて元に戻しましょう」
すると社務所に抗議の声が上がった。
「ふざけるな!愛するピジョンを叩けだと!」

「アイリスを叩くとか信じらんないよ!」
「私のリリィちゃんをそのハリセンで!なんて残酷なことを言うんだ!ポケモン愛護協会に訴えてやる!」
ポケモンバトルはするのに!?」
「神聖なバトルとハリセンを一緒にするな!」
ピジョン狂は変なところにこだわるからこそピジョン狂なのだ。

「二人とも落ち着いて!それなら町内にいる神様を依代に収めてください。そうすれば神様も力を制御できるようなって、元に戻してくれるでしょう」
「ようし、やるぞ!」
「おうとも!」
二人が盛り上がる。
「早く叩けばいいじゃないの」
タカヒナが言ったが、殺すぞと二名が言って彼は黙った。

「私もゴローちゃんを叩くのは嫌。キモいけど」
幼女もピジョン狂らに同調した。
「君は良い子だね。悪いけど僕は見つけ次第叩く。あのヤロー思いっきり人を殴りやがって、絶対許さん」
青年はハリセンを握りしめるとカゲボウズが寄ってきそうなセリフを吐く。隣のネイティオがトゥートゥーと鳴いた。

町は騒然としていた。当然だ。突如として三百匹もの呪いのぬいぐるみが鳥居の向こうから押し寄せてきたからだ。ぬいぐるみ達は欲望に忠実だった。和菓子屋のカウンターから饅頭や最中が消え去って、駄菓子屋は蹂躙された。ある一団は蕎麦屋を襲うと、店主にただで蕎麦を茹でさせ、蕎麦をすすり始めた。

「これだからジュペッタは!素直なカゲボウズにもどれ!」
鬼の形相の青年と無表情のネイティオ蕎麦屋に襲撃をかけると場は騒然となった。ハリセンの音が鳴り響き、ネイティオの鋼の翼が宙を舞ってジュペッタの頭部にめり込む。なぜかそれでもカゲボウズに戻るのは念鳥の徳の高さに違いない。

やがて蕎麦屋からはぬいぐるみの影が消え、客席には頭に凹みをつくった哀れなカゲボウズが横たわった。青年はそれを乱暴に掴むと足元へ投げつける。青年の影にカゲボウズが吸収されていった。
「すいません!請求は八又神社にしてください!」
目を白黒させる店主をよそに青年と念鳥は走り去った。

「おうツッキー、成果は上々?」
神社に戻ると宮司らと作戦会議をしていた難波が聞いてきた。
「何匹かがガラス割って逃げましたが、初回としては…ってなんですかツッキーって!」
「ツキミヤだからツッキー。かわいいでしょ」
古文書や古い日誌を広げながら、難波が言った。
「まあ座りなさいな」

宮司さんの話や日誌を総合すると、代々の宮司はまぁ一回はやらかして進化暴発騒動になっている」
「学びがない!」
「その度にハリセン持ち出して調伏していたわけだが、散り散りになった神様ってのは何かを依代にしてイーブイの進化系の形で現れるそうだ。明日からは過去の出現場所を中心に探す」

「君は引き続き町でジュペッタを叩く。過剰進化で困ってる人がいたらそのポケモンも叩く。我々は手分けしてイーブイ進化系を探す。ピジョン牧場限定のBluetoothを支給するので携帯につけるように。見つけ次第連絡が行くからハリセン持って駆けつけて。すぐに行けるよう町内の地図を頭に入れるんだ」